- ベーシックインカムとは、すべての人に所得保障として一定額の現金を支給する制度。
- 世界中でベーシックインカムへの関心が高まり、エリアや支給対象を絞って試験的に導入した国もある。
- 2020年の新型コロナウイルスによる不況により、ベーシックインカムの議論が高まる可能性がある。
公開日:2020年4月26日
貧困や経済格差の拡大を背景に、ベーシックインカム制度導入についての議論が以前からありました。しかし、2020年に発生した新型コロナウイルスにより世界的な社会的な不安が増すことで、ベーシックインカムの流れは加速するかもしれません。
実際に試験的に導入が進められている国もあり、一定の成果を上げています。この記事では、ベーシックインカムとはどのような仕組みなのかを、メリット・デメリットと合わせて解説します。
政府が行う経済政策には、「国民にお金を配る」という政策があります。これを実現させると、すべての国民が毎月一定額のお金をもらえるようになります。これを「ベーシックインカム」といいます。
ベーシックインカム(Basic Income)は「最低所得保障」と呼ばれ、年齢や性別、所得を問わず、すべての人に所得保障として一定額の現金を支給する制度。つまり、働かなくても生活に最低限必要なお金がもらえるという政策なのです。
ベーシックインカムを導入すると、世の中のお金が回り始めます。日本は現在、お金の量が足りなくてモノの値段が下がる「デフレ」の状態です。
モノが売れないと企業の売上が落ちます。企業は売上を増やすため、商品を値下げしないといけないので物価が下がります。これがデフレと呼ばれる状態です。しかし、商品を値下げすれば利益が減るので、従業員に支払う給料も減ってしまいます。これが、今の日本の状態なのです。
ですから、足りない分のお金をベーシックインカムとして国民に配ることで、不足を埋め合わせします。お金の不足が解消されるので、すべての人が豊かになれる制度なのです。
定年を迎えた人には年金、働けない人には生活保護、失業した人には失業保険といった社会保障制度によって、所得が少ない人を支える仕組みは用意されています。
しかし、これらの給付には審査があり、満足のいく額を受給できなかったり、まったく支給されなかったりする恐れがあります。そうなると、憲法で保障されている「最低限の生活」を送れない人も出てくるでしょう。
日本は先進国ですが、貧困による餓死が社会問題化しています。ベーシックインカムのような社会保障制度は、弱者を救済する手段の1つとなるのです。
近年、ベーシックインカム制度に注目が集まり、エリアや支給対象を絞って試験的に導入する国が増えています。日本も政党によって考え方は違うでしょうが、今後は議論が進んでいくでしょう。
それでは、ベーシックインカムを試験的に導入している国が、いつから始めたのかを見ていきましょう。成功と失敗で見ると、成功している国が多いようです。
フィンランドでは、2017年1月1日より2年間にわたりベーシックインカムの給付実験を行いました。失業手当受給者のうち学生などを除いた25~58歳の中からランダムに2,000人選び、月額560ユーロ(約7万円)を給付したのです。
ベーシックインカムの支給額は、失業手当とほぼ同じです。しかし失業手当の場合は、職を探していることが条件で、また収入があるときにはその額に応じて減額されますが、ベーシックインカムにそのような条件はありません。
雇用に関しては、2017年度の所得記録に大きな効果は見られませんでした。しかし、本当の効果は健康面と幸福面で見られました。参加者には、健康、ストレス、気分と集中に関する問題が明らかに少なくなったのです。また、自分の将来への信頼と自信度が高まるといった効果もありました。
ベーシックインカムを導入後、「貧困から抜け出せた」「自由な時間が増えた」などプラスの効果が多く見られたのです。
2017年7月から、カナダのオンタリオ州で4,000人近い人々を対象に、ベーシックインカムを支給する制度を試験的に導入しました。そして、参加者はベーシックインカムが始まった後も仕事を続け、より健康的になったという調査結果が発表されました。
オンタリオ州のプログラムでは、低所得層に対して独身世帯に年間1万6,989カナダドル(約134万円)、結婚している世帯に年間2万4,000カナダドル(約190万円)を支給しました。ただし、収入の50%がベーシックインカムから差し引かれます。
しかし、プログラム開始時に働いていた人のうち、4分の3はベーシックインカムの受け取りを始めた後も仕事を継続していたことがわかりました。さらに、仕事を辞めた人のうちの約半数は、以前よりも良い仕事を手に入れるために学校へ通い始めたのです。
働き続けた人の多くは、以前の仕事よりも時給が高く、安全な仕事に転職しています。そして、約80%の人がプログラムに参加している間に健康状態が改善したと回答しているのです。
ベーシックインカムを導入する方法は、主に次の4つが考えられます。
毎月1万円をすべての国民に給付するところから始め、様子を見ながら徐々に給付金額を増やしていく方法。ベーシックインカムをスタートするときに大きな財源を必要としない、これまでの社会制度に大きな変更を加える必要がないというメリットがあります。
また、月数万円の給付なら仕事を辞める人が増えるとは考えにくく、逆に所得がアップすれば働くモチベーションもアップするでしょう。少額スタート逓増方式は、始めようと思えば今すぐにでも始められるという点でも優れています。
満額支給スタート方式は、毎月10万円や15万円など最低限生活ができるような金額を支給する方法。この方法が問題なく導入できれば良いのですが、いくつかの不安要素があります。
たとえば財源の問題があります。毎月10万円を給付しようとすると、年間で144兆円ものお金が必要になります。税金で対応するにしても、かなりの増税を強いることになります。
ベーシックインカムを導入しても、税金が大幅に引き上げられるのではないかという不安があるのでは、人々は安心できません。働かなくなる人も増えるのではないかという心配もあります。
ベーシックインカムがどれだけ優れた制度でも、満額支給スタート方式ではこれまでの世の中の仕組みを根底から変えてしまうインパクトがあります。いきなり全面的にスタートすれば、社会に混乱を招く恐れがあるのです。
65歳以上の高齢者と、15歳未満の子供に給付金を支給するところからスタートする方法。支給金額は、毎月10万円や15万円のように最低限の生活を保障する金額にします。
ベーシックインカムを導入すると、「働く人がいなくなる」という主張があります。ですから、働く必要がない非生産年齢人口の退職者から支給を開始するのです。年金や子供手当の代わりとしても考えられます。
そして、状況を見ながら対象年齢を拡大していきます。年金支給開始年齢を65歳から引き下げ、子供手当を15歳から引き上げていくのです。
こちらは失業中の人に給付する方法。ベーシックインカムはすべての国民に給付されますが、就業者にお金が給付されることはムダだと思う人もいるでしょう。そこで、失業者のみに給付すれば良いだろうという考え方です。
現在の失業保険給付制度では、失業保険に加入していなければ給付を受けられませんし、給付も3カ月や6カ月と短いので、あくまでも短期間での再雇用を前提とした制度です。
不景気になった場合、失業が長期化する恐れもあります。また、人工知能やロボットの進化によって生じる失業では、そう簡単に再就職できない可能性も考えられます。そこで給付期限を無期限に延長するのです。
また家庭の主婦や高齢者も含め、失業中のすべての人が給付対象になります。この方法だと支給対象者が限定されるので、制度を運用するために必要な予算を低く抑えられるメリットがあります。
ただし、この制度だと「働かない方が得だ」と考える人が出てくるかもしれず、働く人から見れば不公平に映るでしょう。その結果、働く人のモチベーションを下げてしまう恐れがあります。
ベーシックインカムを導入するメリットについて確認していきましょう。
日本では生活保護レベル以下の生活をしながら、生活保護を受給していない「隠れた貧困層」が全国で2,000万人以上いるといわれています。ベーシックインカムは申請の手間が不要で、生活保護を受けられない層への対策として有効です。
また、子供にも支給されることから、子供が多いほど世帯収入が増え、少子化に歯止めがかかることも期待できます。
ベーシックインカムは、生活保護のように一定の収入があると打ち切られるということはありません。働いて得た収入は、ベーシックインカムに上乗せされることになります。
生活がギリギリで生きるためだけに働くとなると労働意欲は低下しますが、最低限の所得があれば、本来やりたかった仕事にチャレンジしようという気にもなるでしょう。
そして働いて収入が増えれば、自由に使えるお金が増えるので労働意欲の向上が期待できます。これまで生活保護受給者は働かない人も多くいましたが、ベーシックインカムでは労働者が増え、労働不足の解消も期待できるのです。
年金や生活保護などの社会保障制度は、窓口が別々に分かれていますが、ベーシックインカムを導入することにより一本化できます。
また、生活保護では相談窓口の設置や審査制度を設けるといったコストがかかりますが、ベーシックインカムは無条件で支給されるので、そのようなコストがかかりません。
ベーシックインカムを導入すれば、現在行政にかかっているコストを負担でき、財源確保にもつながるのです。
ベーシックインカムのデメリットについても確認していきます。
ベーシックインカムの導入には、ある程度の財源の確保が必要。20歳以上に限定して月10万円支給しようとしても、日本の成人人口はおよそ1億500万人なので、年間で約105兆円が必要です。その財源を確保するためには大幅な増税が避けられないでしょう。
ベーシックインカムで最低限の生活が保障されると、待遇面に不安を抱きながら仕事をすることがなくなりますし、誰もやりたがらないような過酷な労働を収入のために行う必要もありません。労働自体を拒否する人が出てくる可能性もあります。
ただし、ベーシックインカムは最低限の給付なので、それだけで生活していくことは困難です。ですから、労働時間は減っても、働く人の減少にはならないと見られています。
今回はベーシックインカムの仕組みと、メリット・デメリットについて解説しました。日本は先進国ですが、憲法で保障されている最低限の生活を送れない人もたくさんいます。そのような人たちにとって、ベーシックインカムは大きな生活の支えになるでしょう。
世界各国でもベーシックインカムの注目が高まり、エリアや支給対象を絞って試験的に導入する国が増えています。そして、2020年のコロナショックにより、スペインでベーシックインカムを導入することが決定しました。
ただ、今回は低所得者への給付である「ユニバーサル・ベーシック・インカム(最低所得保障制度)」であり、純粋なベーシック制度とは異なります。しかし未曾有の経済危機を迎え、今後はベーシックインカムの議論が世界各国で高まることが予想されます。